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プロトタイピングって結局なに??わかりそうでわからないプロトタイピングの定義をデザイン思考とエンジニアリングデザインの視点で徹底解説。

2020.5.23


システム開発や、プロダクトやサービスのデザインなどで重要視されるプロトタイピング。プロトタイピングの話をしていると、少し話が噛み合わないことがあります。例えば、以下のようなやり取りです。


Aさん「プロトタイピングは、ある程度検証する仕様が固まってないと意味ないよ」

Bさん「プロトタイピングはそういうものじゃないでしょ。とりあえず仕様とかいいからやってみようよ」


このようなやり取りが起きてしまうのは、プロトタイピングが多様な分野で扱われるのが原因です。

まずは、プロトタイピングの重要性とその分かりづらさの原因を確認していきましょう。

■ プロトタイピングは重要。ただ、わかりづらいのはなぜ?

プロトタイピングは新製品開発における最も重要な活動の1つであるとされていて(*1)、以下のようなさまざまな目的で使用されています。

・システムの機能について検討しなくてはならないことを洗い出し、精度を高め、不確実性を低減させる(*2)
・新規性の高いアイデアを生み出す(*3)
・ユーザーフィードバックを集める(*4)

ただ、新製品開発といった場合でも、最終成果物を確実に動作させるためのソフトウェア開発やハードウェア開発などのエンジニアリングデザインのアプローチ、新規性やユーザーニーズの深い理解が求められるデザイン思考のアプローチなど、アプローチは多岐に渡り、それぞれにプロトタイピングの定義が存在しています。



■ プロトタイピングの定義

そこで、さまざまな「プロトタイピング」という言葉について、由来や分野ごとの定義を、あくまで一例にはなりますが確認してみましょう。

プロトタイピングの定義

このように、プロトタイピングにはさまざまな定義が存在しています。傾向として、エンジニアリングデザイン分野では具体的なモノをつくり、評価を行うことを示す定義が多く、デザイン思考分野ではモノをつくらずに、既存のモノを活用することでプロトタイピングを行うことや、プロトタイピングを行うための文化などを含んだ、広い定義になっています。そして、辞書はエンジニアリングデザイン分野の中の、さらに一部のみにフォーカスを当てた記載になっています。

このようにさまざまな定義や記載内容が存在している理由は、プロトタイピングが広まってきた歴史にあります。エンジニアリングデザイン分野とデザイン思考分野のプロトタイピングの歴史についてみていきましょう。



■ エンジニアリングデザイン分野のプロトタイピングの歴史

エンジニアリングデザイン分野で、タイトルにPrototyping を含むもっとも古い論文を調べたところ、1971年に航空機分野で発表されたものが確認できました(*11)。この論文では、航空機の「試作機」としてプロトタイプをつくることのメリットが強調されていて、あくまで最終成果物の試作をすることがプロトタイピングとして捉えられています。このように、エンジニアリングデザイン分野のプロトタイピングの歴史は非常に長いです。

その後、1970年代〜80年代にソフトウェア分野に範囲を広げ、1983年には、ユーザー指向のソフトウェア開発に関するプロトタイピングのカンファレンスが初めて開催されています。そのカンファレンスについて、論文がまとめられた”Approaches to Prototyping: Proceedings of the Working Conference on Prototyping”にはこう記載があります。


プロトタイピングには多くの異なるアプローチや用語、ツールが混在しており、混乱を招いています。プロトタイピングという言葉自体が曖昧であることが判明したため、カンファレンスを開催しました。


このように、航空機分野などのハードウェア分野からソフトウェア分野に広がったことで、迅速なソフトウェアの構築を目指したラピッドプロトタイピングなどの要素も加わりました。それによって、ソフトウェアプロトタイピングを行うためのツールやデータベースの設計に関する議論も出るなど、さまざまなアプローチや用語、ツールが混在し、混乱とともにプロトタイピングの多義化が進行しました。



■ デザイン思考分野のプロトタイピングの歴史

デザイン思考分野では、2000年にIDEOのBuchenaらが出した”Experience Prototyping” (*10)が最初の論文だと考えられます。(論文ではないのですが、それに先行する形で、1997年のHarvard Business Reviewにイノベーションの重要な要素として、プロトタイピングがビジネスコミュニティで活用されている記述が見られます *12)。

この論文では、Experience Prototypingとして、主観的な価値を直接体験することでインスピレーションを得たりすることを狙ったプロトタイピングが紹介されています。例えば、胸部に埋め込む形式の、患者の自動監視器具について、「器具による振動がいつどこで発生するかわからない」という体験をするためにチームメンバーにポケットベルを配布し、胸の部分に貼り付け、ランダムに振動させることでインスピレーションを得たプロジェクトが紹介されています。
ここで重要な点としては、エンジニアリングデザイン分野のように、具体的なモノをつくらずに、既存のモノを活用することでインスピレーションを得るためにプロトタイピングを行っていることです。

Experience Prototyping
"Experience Prototyping"からの引用


また、2001年にはIDEO共同経営者のTom Kelleyが、"Prototyping is the shorthand of innovation."という論文の中で、プロトタイピングで見習うべきは子供のマインドセットであり、まずは手を動かすことの重要性を強調しています(*8)。

以上のような歴史から、プロトタイピングを用いる分野が広がるにつれて役割も広がり、その多義性が増していき、それによりプロトタイピングの定義が分かりづらくなったのだと考えられます。

つまり、本記事の冒頭のやり取り、


Aさん「プロトタイピングは、ある程度検証する仕様が固まってないと意味ないよ」

Bさん「プロトタイピングはそういうものじゃないでしょ。とりあえず仕様とかいいからやってみようよ」


について、Aさんはエンジニアリングデザイン分野でのプロトタイピングについて語っており、Bさんはデザイン思考分野についてのプロトタイピングについて語っているのだと想定されます。

プロトタイピングに議論する際には、プロトタイピングの定義の多義性を意識し、相手がどの視点でプロトタイピングを捉えているのかを把握すると、よりスムースなコミュニケーションができるでしょう。

また、自分がどのようにプロトタイピングを行うかを考える際も、自分が普段実施しているプロトタイピングはどの分野のどのような定義のプロトタイピングなのかを意識し、逆に違う定義のプロトタイピングを実施することで、さらに幅広いプロトタイピングのメリットが享受できる可能性があります。

ぜひ試してみてください。





(*1) Wall, M. B., Ulrich, K. T., & Flowers, W. C. (1992). Evaluating prototyping tech- nologies for product design. Research in Engineering Design, 3(3), 163e177.
(*2)Wood, David; & Kang, Kyo. A Classification and Bibliography of Software Prototyping. CMU/SEI-92-TR-013. Software Engineering Institute, Carnegie Mellon University. 1992.
(*3) Bushnell, Tyler & Steber, Scott & Matta, Annika & Cutkosky, Mark & Leifer, Larry. (2013). USING A "DARK HORSE" PROTOTYPE TO MANAGE INNOVATIVE TEAMS. 10.13140/2.1.2361.7602.
(*4)Dow, S. P., Glassco, A., & Kass, J. (2009). The effect of parallel prototyping on design performance, learning, and self-efficacy. In Stanford Tech Report. 10(September).
(*5)Dieter, G.E. and Schmidt, L.C. (2009) Engineering design, McGraw-Hill Higher Education.
(*6) Richard,M.,&Harold,H.,&Miller,J (1992) In search of the ideal prototype, CHI ‘92 Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems,577-579.
(*7) Hyman, B. (1998) Fundamentals of Engineering Design, Prentice Hall, Upper Saddle River, NJ
(*8) Kelley, Tom. "Prototyping is the shorthand of innovation." Design Management Journal (Former Series) 12.3 (2001): 35-42.
(*9)Lim, Youn-Kyung, Erik Stolterman, and Josh Tenenberg. "The anatomy of prototypes: Prototypes as filters, prototypes as manifestations of design ideas." ACM Transactions on Computer-Human Interaction (TOCHI) 15.2 (2008): 1-27.
(*10) Buchenau, Marion, and Jane Fulton Suri. "Experience prototyping." Proceedings of the 3rd conference on Designing interactive systems: processes, practices, methods, and techniques. 2000.
(*11) Google ScholarでPrototypingを検索ワードで確認。
Altis, H., "Choices for the Future: An Industry Viewpoint on Prototyping," SAE Technical Paper 720848, 1972
(*12) Leonard, Dorothy, and Jeffrey F. Rayport. "Spark innovation through empathic design." Harvard business review 75 (1997): 102-115.
(*13)Stowe, D., Thoe, S. and Summers, J D. (2010) Prototyping in Design of a Lunar Wheel - Comparative Case Study of Industry, Government, and Academia, Aeronautical Industry in Queretaro Conference, SAE, Queretaro, Mexico.
(*14) Heaton, N. What’s wrong with the user interface: How rapid prototyping can help. In IEE Colloquium on Software Prototyping and Evolutionary Digest London, IEE (1992), Digest No. 202, Part 7, pp. 1-5, Kinoe
(*15)J. Rudd, K. Stern, and S. Isensee, “Low vs. high-fidelity prototyping debate,” ACM Interactions, vol.3, no.1, pp.76–85, 1996.

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