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ファクトに基づいたテクノロジーと、フィクションを行き来することで、新しい概念を生み出す「SFプロトタイピング」(Sci-Fi : サイファイプロトタイピング)

2020.5.10

SFプロトタイピングイメージ

科学的な空想に基づいたフィクションの総称である「サイエンス・フィクション(SF)」。その領域は幅広く、小説や漫画、映画などで数多くの作品が存在します。本記事では、そのSFを活用してプロトタイピングをすることで、現実とフィクションを行き来し、テクノロジーの素晴らしい可能性や、注意しなければならない警告や推測を探求する「SFプロトタイピング」についてご紹介します。


■ SFプロトタイピングとは?

インテル社のフューチャリスト(未来研究員)であり、自身でも映画の監督、SF小説の執筆を行うブライアン・デイビッド・ジョンソン。彼の著作『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』では、実践を通じて編み出した「SFプロトタイピング」について詳細に記述されています。

ブライアンによると、SFプロトタイピングの目標は、テクノロジーと未来に関する対話を始め、あらゆる可能性を探求することです。その未来に関する対話に必要な言語を与えてくれるのがSFであり、その言語を開発するためのツールが、SFプロトタイピングなのです。

その未来に関する対話のために行われるSFプロトタイピングでは、現実のテクノロジーにもとづいて創作された短編小説や映画、コミックの「SFプロトタイプ」が制作されます。それでは、実際に生み出されたSFプロトタイプの例を見てみましょう。



■ SFプロトタイプの例とその特徴

「ジミー、もう一杯頼む」サイモン・エガートン博士はいった。地球を輪のように取り囲むステーション群、その一角に埋もれた狭苦しい自宅アパートで、エガートンは椅子に座っていた。
「お安い御用で」ジミーは元気よく答えると、にわか作りの簡易バーに向かった。ジミーはエガートンが大切に取り組んできたものだった。もともとはごく普通のクリーンルーム用の組み立てロボットだったのを、エガートンが昔ふうの召使ロボットに作り変えたのである。

これは、「ブレインマシーン」というSFプロトタイプの書き出しです。

ジミーはエガートン博士が制作した召使ロボットです。エガートン博士は、何度も何度もジミーにジン・トニックをつくるように依頼します。10回ジン・トニックをつくるように依頼し、ジミーは10杯のジン・トニックをつくり続けます。エガートン博士が1杯も手をつけずに、1滴も飲まれてないままのジン・トニックのグラスが大量に置かれているにも関わらず。ただ、ジミーは情報として「エガートン博士が大量のジン・トニックを頼み、それに1杯も手をつけていない」ということは把握しています。その情報を持ちながら「なぜ、ジントニックを頼むのにも関わらず、飲まれないんですか?」と聞いてこない。

この時点では、ジミーに「自由意志」がない状態です。自我や意識、アイディンティティーがない、依頼されたことを処理する召使のロボットです。

このSFプロトタイプの後半で、エガートン博士は、ジミーに自由意志を持たせ、気の利いたタイミングでジン・トニックを用意させることに成功します。その自由意志を持たせることができたのは、エガートン博士がジミーに対して、「おまえは自由だ、おまえには自由意志がある」と話しただけです。それにより、ジミーに設定されていた思考の限界点が拡張され、自由意志を持ったのです。

以上が、「ブレインマシーン」の概要ですが、ここで重要なのがSFプロトタイプは科学的事実を元にして構築している、という点です。

例えば「ブレインマシーン」では、3つの科学的事実を元にしています。

1つ目は、マイケル・ブルックスの著書『13 Things That Don’t Make Sense』(『まだ科学で解けない13の謎』、草思社、2010年)です。ここでは、自由意志をめぐる実験の歴史と、神経科学の研究における最新の成果が記述されています。

2つ目は、イタリアの宇宙物理学者、パオラ・A・ジッジの『I,Quantum Robot: Quantum Mind Control on a Quantum Computer』という論文です。ここでは、自意識を持つ可能性のあるロボットやコンピューターを制御する手段として、量子メタ思考とメタ言語を用いることを考察しています。

3つ目は、『Instability and Irrationality:Destructive and Constructive Services within Intelligent Enviroments』というサイモン・エジャートンらによる論文です。この論文では、人工知能における複数人格の役割などについて考察しています。

このように、科学的事実を用いてプロトタイプを構築することが、SFプロトタイピングの特徴といえます。



■ SFプロトタイピングの流れ

SFプロトタイプは、ブライアンがまとめた「5つのステップ」、アルジス・バドリスが短編小説のつくり方としてまとめた「7ポイント・プロット」などをガイドラインとすることで、制作していくことができます。

SFプロトタイプ構築のための「5つのステップ」と「7ポイント・プロット」
SFプロトタイプ構築のための「5つのステップ」と「7ポイント・プロット」


まずは5つのステップについて説明していきます。(より詳細な説明は、抜粋元の『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』をご参照ください)

・ステップ1:科学を選び、世界を作る
プロトタイプを使って探求してみたい題材(科学、テクノロジー、社会問題など)を選びます。次に、物語の舞台となる世界を設定し、住民や場所を読者に説明します。物語の主役は誰か、舞台はどこかといった、ごく簡単な質問には答えられるようにしておきましょう。
ここで選ぶ題材は、新たな研究や分野から題材を選ぶと、その意義や効果がまだあまり世の中に知られていないため、面白いものになります。できるだけ、実際にそれを人々が使い始めたら、いったいどんなことが起こるだろうかと考えさせられるものを選びましょう。

・ステップ2:科学の変化点
プロトタイプで考察する科学やテクノロジーを作品世界に適用した場合にどうなるかを考えます。ここでの変化点とは科学そのものの変化ではなく、新しい科学やテクノロジーが、物語に登場する人たちの毎日の暮らしや、政府や体制に与える可能性のある影響すべてをまとめていきましょう。

・ステップ3:科学が人々に及ぼす効果
ステップ1で設定した作品世界における科学の意義及び効果を考察します。そのテクノロジーにいったいどのような効果があるのか。それが人々の生活をどう変えてゆくのか。新しい危機を作り出してしまうのではないか。問題が生じた場合に解決に必要となるものは何か、といったことを考えていきます。
良い方向であろうと悪い方向であろうと、プロットを極限まで突き詰めれば、現実世界における調査や探索のための、新たな領域が見えてきます。

・ステップ4:人間の変化点
このテクノロジーを現実世界に当てはめることで何が学べるのか、問題が生じた場合に解決に必要となるものは何か。このテクノロジーは何らかの改良を必要とするのか。実験あるいは研究の対象となる新たな領域は存在するのか、といったことを考えていきます。

・ステップ5:何が学べるのか
ステップ4で得られた推測や解決案、教訓、及び人間に関する変化した後について考察します。選んだ科学やテクノロジーの、その後の姿を考える場でもあります。

以上のステップをベースとしてSFプロトタイプのアウトラインを固めたら、「7ポイント・プロット」を参考に、「ある人物が・・・・」などで書き出していきましょう。


■ SFプロトタイピングの目的

プロトタイピングは用いられるシーンや業界で、意味する事柄がかなり変わってきます。例えば、目的という軸でプロトタイピングを捉えてみると、「機能を検証するためのプロトタイピング」「ニーズがあるかを確認するプロトタイピング」「気づきを抽出するためのプロトタイピング」など、様々なプロトタイピングが存在します。
SFプロトタイピングでは、実際に存在するテクノロジーを用いて、ファクトに立脚しながらフィクションまで足を運び、その双方の領域を行き来することで、新しい視点を切り開くことができます。つまり、現実の科学・テクノロジーを踏まえた未来の姿を描き出し、バックキャスティング的に先進的なソリューションを構築できると言えるでしょう。

また、このSFプロトタイピングの有効性は、様々な研究者が可能性を示唆しています。例えば、アーティストでテクノロジー研究家のジュリアン・ブリーカーは、『Design Fiction: A short essay on design, science,fact and fiction』にて、SFや未来像を活用することは、新技術の開発において驚くほど生産的なツールになりうる、ということを主張しています。

プロジェクトにおいて、新しい視点を切り開き、新規性が高いソリューションを実現していきたい方などは、ぜひSFプロトタイピングを試してみてください。

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